マイノリティへの理解

マイノリティへの理解

多様性の広がる社会において、少数派(マイノリティ)の人々への理解を進めるために私たちができること。

その第一歩は、「知る」ということだと思います。

自分たちと違うところというのは、目に付き、気になります。人間ですから仕方ありません。

でもその一点だけを見てその人を理解したつもりになる、ましてや拒絶してしまうのは危険だと思うのです。

LGBTだってAB型だって左利きだって、同じマイノリティ

例えばLGBT日本ではLGBTの割合は7.6%くらいと推定されています。AB型の割合が10%、左利きが11%ですから、ちょっと少ないくらい。意外ですよね。まわりにAB型の人がいても、左利きの人がいても、稀有な目で見ることはありません。でもこれがLGBTだとちょっと構えてしまうのはなぜなのでしょうか。

それは身近にいないから、なのです。いや、いないわけでありません。だって AB型や左利きの人がいるんですから。

ではなぜいないと思ってしまうのか。それは、彼らがカミングアウトせずに生活しているからです。それを知られたら、からかわれる、差別される。差別や偏見があるから言い出せない。

マイノリティが受け入れられるためには

ではそんな少数派の人を受け入れるにはどうしたらいいのか。それは、私たちが「知る」ことが第一歩と思います。そういう人たちがいるのだと。そしてその少数となる要素は、その人個人を全て規定するものではないということを。

私にはLGBTの友人がいます。でも彼女は、私にとって「スポーツ万能で、青いジャージがよく似合う、はつらつとした美人」です。「そういえばLGBTでもある」くらいなもので、彼女の個性を作る、一つの要素にしかすぎません。

脱毛の友人もいます。彼女は「フットワークが軽い、陽気な関西人。阪神タイガースファン熱烈ファン」です。やはり「そういえば脱毛」。

偏見の目で見るということは彼女たちを「LGBTの人」「脱毛の人」という一面だけで捉えてしまうこと。人の個性はもっともっと多様。

「左利きなの」と話した時に「あー、そうなんだ。たしかにちょっと変だと思った」と自然に受け入れられるように、「脱毛症なの」と言っても「そうだったんだー」とただそれだけで受け入れてくれる、そんな社会になってほしいと、心から望んでいます。

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