もし目の前に、髪がマダラに抜けた私と、艶やかな黒髪の女性がいたら?

もし目の前に、髪がマダラに抜けた私と、艶やかな黒髪の女性がいたら?

もしも・・・

もし目の前に、髪がマダラに抜けた私と、艶やかな黒髪の女性がいたら、人はどんな反応をするだろう。

きっと答えは誰でも一緒。

誰でも黒髪女性のほうに好感を感じ、対して私には抵抗感を感じるだろう。

私は、それをとても悲しく思う。髪のあるなしだけが私ではないのにって。

でも相手の拒絶反応は致し方のないものだとも思う。

人間の本能なのだから。

人間は異質なものに対して、拒絶反応がでるもの。

それは自分の身を守ろうとする、動物としての本能。

自分の身を守り、良い遺伝子を残そうと考える自然な反応なのでしょう。

誰でも感じる「容姿の良い人が優しくされ、容姿の悪い人が冷遇される」ということ。

私は、そのことが良いことだとは思わないけれど、だからと言ってその現実があることは変わらないとも思っている。

みんなそれを認識しているからこそ、ダイエットをメイクをし、美容室に通う。

人は見た目じゃない、といいながら、無意識で人の判断している、というのは紛れもない事実。

じゃあ、脱毛症の人は諦めるしかないのか。

私のような脱毛症は、自分を守るために脱毛をひたすら隠すしかないのか。

どうしても隠せないときはどうする?

子供が授業でプールがあったら?

認識を変えることで反応も変わるはず。

本能的な拒否反応でも、知識を得て認識を変えることで、書き換えることは可能なはず。

これは外見的な違いだけであって、欠陥ではないんだって。

ではそのために何が必要か。

きっと「見慣れる」とことじゃないかと思っている。

外見だけの問題なら、見慣れることでクリアできることのはずだから。

だから私は脱毛症という病気があることをもっといろいろな人に知ってほしい。

スキンヘッドで眉毛もまつ毛もない女の子がクラスにいても「ああ脱毛症なんだ」と思うだけ。それよりも「どんなことが好きで、休みの日はなにをしていて、将来はどうしたいのか」ということにフォーカスしてもらえるように。

私の大好きな友人。脱毛症というつながりで出会った彼女。

「最初は同じ脱毛症の人」だったけれど、今は「脱毛症で酒好きで陽気な阪神ファンの友人」になった(笑)

彼女を、自分は酒が嫌いだからって避ける人がいるだろうか。

自分は巨人ファンだからって避ける人がいるだろうか。

人の個性っていろいろなことからできている。

脱毛も個性を形作る要素の一つに過ぎない、そんな認識が育ってくれるために、私は動きたい。